まもなく平成も・・・。

連休の初め大河平ツツジが見頃でした。

標高600mの祖父母がかつて住んでいた山の集落。
昭和62年に祖父母は山を下りて、麓で生活を始めました


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大河平つつじは、大河平領主の大河平左近監隆俊という人が、
島津義弘公の邸宅を造った時、霧島山中より映山紅(キリシマツツジ)の
見事な物だけを集めて庭木にしたものだそうです。
今から約四百年前に植えられましたが、
今城合戦で大河平一族は伊東軍と戦いほとんど滅亡したそうです。
この赤紅の色は大河平だけしか出ず他の場所で育てても同じ色は出ないといわれます。
一族百余人の怨念の血がこのつつじの色に出るからだという伝説があるとかないとか・・・


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大河平氏一族が住んでいたのは、山の集落から20キロほど離れた場所ではありますが、
一応、山の集落も「大河平自治会」の一部ですので、
大河平ツツジも赤く咲くんでしょうねぇ~
(そもそも赤い品種なのでは?とも思えたりして・・・)





平成を振り返り、どんな言葉が思い出されるか・・・。
私は「グローバリゼーション」とか「グローバル」などの言葉が浮かびます。

平成時代の前半は子供時代だったから、何かの学校の式典の祝辞では、
オジサンたちから「21世紀を担う」だの「グローバル社会」だのと、
出典が同じの本でも丸写ししているのだろうかと思われるお言葉を
毎回のように頂戴していたような。
内心、「もう聞いたってば!」と思うくらい、お偉い先生たちは多用しまくった
言葉ではなかろうか・・・。

その時の言葉のトーンからすれば、「グローバリゼーション」、「グローバリズム」、「グローバルな社会」の
「グローバル」と言う言葉はまるで前途洋々な言葉の響きをしていように感じます。
でも、本当にそうなんだろうか・・・。
大人になって同じ言葉を聞いたらきっと思うことは違うような気もしちゃいます。
あのころ聞いた言葉の感じと違う・・・。
前途洋々、未来輝かしいことばかりじゃないよ・・・
そう気持ちに変化した平成時代でもありました。

 
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あの頃「グローバル」ちゅーのは、アメリカだけを相手に想定していたんじゃないの~?
都合のいいことばかりじゃにゃい!ってことですニャ~

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平成前半からすると、ちょっとは考えるようになったんじゃにゃいか。
それにしても、何かにつけて平成最後、平成最後が連呼されるにゃ~。
平成最後はちゅ~るPartyしてにゃ~



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